Essay in Idleness

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レナードの朝(Awaking)
1969年、ブルックリンのカーメル病院。
研究医の募集と間違えて面接にきてしまった、ドクターセイヤー。臨床医の経験がないと一度は断るが強引な引止めによって結局は臨床医として勤めることになる。

慢性脳性疾患の患者であふれる病院。
回復の見込みのない患者の治療にあたる医師、看護婦達には半ばあきらめの表情が見られ病院全体に倦怠感があふれていた。病院の状況に面くらい、空気を求めて死に物狂いで海の底から這い上がってきたダイバーのように、窓の外に頭を出し外の空気を吸おうとするセイヤー。そんな彼を見て、看護婦が一言。
「多分じきに慣れますよ」

患者達とのふれあいの内に、彼等が思考を停止した人間の抜け殻(ほとんど死んだような状態)であるのではなく、思考を持ってはいるが脳性疾患のために体を動かし伝えることが出来ないのではないか考えるドクターセイヤー。
嗜眠性脳炎がパーキンソン病と同じように脳内物質の減少によって引き起こされると考えた彼は、パーキンソン病の新薬L-DOPAがこの患者達にも効果を示すのではと、投与を提案する。

新薬投与の候補となったレナードは嗜眠性脳炎のため30年間あまり半昏睡状態だった。投薬を始めた当初はこれといった効果は見られなかったが、試行錯誤を繰り返し投与を続けていたある日の夜、ドクターセイヤーが目を覚ますと、ベッドに横たわっているはずのレナードの姿がない。
レナードを見つけたドクターセイヤー。
ドクターセイヤーを見つめるレナード。
「静かだね」
「今は夜だからね。みんな眠っている」
「でも、僕は違う」


映画の1シーンに、目覚めたレナードが扇風機から送られてくる風を浴びながら(というよりも全身で感じながら)微笑を浮かべるシーンがある。そこには自分の意思で立ち、生を実感しているレナードの姿があった。
一方で、弱者との対比で生を実感している自分がいてひどい嫌悪感が襲った。

lenard.jpg

監督:ペニー・マーシャル
男優:ロバート・デ・ニーロ
   ロビン・ウィリアムス
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| 映画 | 05:49 | トラックバック:1コメント:1
食するということ
寒天。
今では随分と落ち着いてきたようですが、某テレビ番組で紹介され、一時期はスーパーからもネットからも品物がなかった様子。確かに近くのイトーヨーカドーや赤札堂でちょっとみてみたらありませんでした。30年生きてきて、寒天がなくなるなんて初めてです。
脂肪燃焼効果が高く(運動しなくてもいいらしい)、腹持ちがイイ上にカロリーが0でダイエットに最適だとか・・・。

でもちょっと待ってよ。

狂牛病の件でトレーサビリティーの重要性が認識されだしたりして「食」に対する関心が高まってきていると思いきや、実際に口に入れる時にはダイエットに最適だから、か・・・。
毎回の食事から僕達は生きていく上で必要なエネルギーを摂取しているわけで、もっと「食」に対して真剣に接していく必要があると思うのだが・・・。

と書いてはみたが、僕は夜型朝食抜きの典型的な不健康人間。説得力ないなぁ。でもダイエットに効果的だからという理由で何でもかんでも寒天、みたいなことはしたことがないし、しようとも思わない。美味いものに出会えた時の喜びは何事にもかえがたいものです。ちょっと食べ過ぎたかな、と思ったらシューズをはいて少しばかり近所を散策してくればいいだけのこと。
そして、シャワーで汗を流しキンキンに冷えたビールを流し込む。
これ最高!!
| グルメ | 04:47 | トラックバック:0コメント:0
迷い子
エレベータを降りると、子供が一人、泣いていた。
どうやら母親を探しているらしい。
僕の顔を見ると、ことさら大きな声で泣きなじめた。いや泣くというよりも、まるでこの世の終わりがきたかのような断末魔の叫びとでもいうか・・・。
自分の所在を母親に知らせようと、まさにありったけの声で泣き叫んでいた。マンションの敷地という僕にとってはとてもとても小さな世界でも、彼にとってはアマゾンのジャングル奥地に突然投げ込まれたようなものだったのかもしれない。そうなると僕はさしずめ石の鏃のついた槍を持ち、仮面をかぶり、不思議な踊りを踊りながら襲ってくる原始民族か?


迷子といえば一つとても印象に残っている出来事がある。
それは小学校1年生の夏休み。
父親の友達の家族と上野で食事をすることになっていたので、地下鉄の銀座線(そう言えば当時の銀座線は駅につく前に車内の電気が消えてたなぁ)に乗って上野に向かった。僕は一番前の車両に陣取り、運転席の後ろの窓から蛍光灯の細長い光が次々と現れては消えてゆく景色を眺めていた。
ひととき運転手気分を満喫し、上野駅のホームに下りる。
が、周りには誰もいなかった。
今時の子供であれば携帯電話の一つも持っているだろうが、何せ20数年前。持ち物は木場から上野までの切符だけ。
改札とホームを何度も行き来して、何本か電車を見送ったが、後ろから声をかけられ呼び止められることも見知った顔を探し出すこともなかった。
駅員の人に「迷子になりました」と声をかけるのが嫌だった。
迷子という言葉に、なんだか後ろめたさや恥ずかしさを感じていたんだと思う。
「僕は迷子になったんじゃない。」
意を決して改札に向かい、切符を差し出して外にでる。時刻は午後の1時をちょっと過ぎた頃だった。真夏の太陽が容赦なく僕を突き刺す。
上野駅にかぶさるようにかかる歩道橋をわたり、大きめの道路にでたところで上を見上げる。辛うじてわかる地名。日本橋。
そして、ひたすらそこをを目指して道なりに歩きつづける。ひとまずの目的地である日本橋についた頃には、何とも言えない高揚感を感じていた。もはやそれは(コンクリートの)ジャングルをかき分け、約束の地(自宅)を目指す大冒険だった。日本橋を渡り、東急百貨店のある交差点を左に曲がり、茅場町。そして永代橋を渡り門前仲町へ。ここまでくればもう冒険も終盤。見知ったいつもの風景が僕の前には広がっていた。浄心寺という地元のお寺の清めの水でヒリヒリに乾いた喉を潤す。
こうして、僕の冒険は終わった。


P.S.もちろんこの後、小一時間ほどこってりしぼられました・・・。
| 日記 | 03:41 | トラックバック:0コメント:0
バーバー(The Man Who Wasn't There)
舞台は北カリフォルニア、サンタ・ローザ。
義兄の経営する理髪店で働く男、エド・クイン。
もはやルーティーンとなった仕事、冷め切った夫婦間、稀薄な人間関係。そんな日々を淡々と他人事のように送っていたある日、この退屈な日々を打ち壊すような儲け話が舞い込んでくる。
ドライクリーニングの出店に、1万ドル。儲けは半々。
ここからエド・クインの人生は壊れ始める。

エド・クインは、自分が殺人を犯しても、妻がその犯人として逮捕されてしまっても、何もなかったようにただ煙草をふかし、人の髪を切りつづける。現実世界において人間としての意思を恐ろしいほどに見せない。ただ自分の世界の中では、今の自分への苛立ち、周りの人間への嫌悪、色々なもの無節操に吐き出している。自分の意思が現実の世界にない男。まさにThe Man Who Wasn't Thereだ。

死刑執行のため電気椅子へ向かうまでの間、彼は心の中でこう呟く。
人生に悔いはない。ただ、あえて言うならば床屋だったこと。
電気椅子に座りまわりを見渡す彼の目には、立会人達の顔は映らない。マネキンにのせられたカツラのような髪の毛が並ぶ。皮肉なことに彼は死ぬ間際まで床屋だった・・・。

barbar.jpg

監督:ジョエル・コーエン
主演:ビリー・ボブ・ソーントン
| 映画 | 04:56 | トラックバック:0コメント:0
想像力
原子爆弾。

人間の叡智の結晶として生まれた、無慈悲な殺戮シャ。
彼は、60年前の1945年7月16日、当時最高の頭脳を持つ人間達によりニューメキシコ州ロスアラモスで産み落とされた。
複雑な物理計算を解く頭脳を持ってしても、それがある都市の上空3万フィートから落とされ、43秒後に地上1890フィートの地点で小さな火球となり、数十万の人間の命を奪うことになるとは想像できなかった・・・。
また原子爆弾開発当初、空気中の核爆発による大気炎上の可能性が示唆され、調査された際に出された答えが「確立百万分の3」というものだった。50億の命と百万分の3のジョーカーを天秤にかけて生み出されたのが原子爆弾だった。

数百年語り継がれていく物語を生み出せるほど人間の想像力は素晴らしいものである。一方で生み出したものが数十万の命を奪うことが想像できない程度のものでもある。

マンハッタン計画の責任者、オッペンハイマー博士がトリニティーサイトでの実験を眼のあたりにして呟いた言葉が胸の中を空虚に横切る。
「我は死なり。世界の破壊者なり。」

newclear.jpeg

参考:池澤直樹「楽しい終末」
| 日記 | 02:22 | トラックバック:1コメント:0
朝焼け
職業がら、マスターアップ前とかは徹夜することが多い。
貫徹ってのは、効率も良くないし、何しろ体に良くない。夜中にお腹がすいてコンビにへ向かい、ジャンクフードを放り込むのだから。

でも、太陽が昇る前のひととき。
紫と赤のコントラスト。
心があらわれる。
yoake.jpg

| 日記 | 02:36 | トラックバック:0コメント:0
つれづれなるままに
-Essay in Idleness-

「徒然草」は侘び寂びという日本独自の感性のため、とても翻訳が難しい古典として知られています。このブログが、そんな日本の美意識である侘び寂びの効いたものになってくれたら幸いです。

 と言うものの、たかだか30年ばかしの人生。
 深遠な侘び寂びの世界を理解できるほど達観しているわけもなく、ただ「つれづれ」という言葉の響きに引かれ、タイトルをつけてみたというのが本音のところ。ただ根っからの捻くれモノなのでそのまま「徒然草」とするのも癪にさわり、Essay in Idlenessという言葉を見つけました。Idlenessという言葉が若干気にはなりますが、片肘張らずに日々思ったことをつれづれなるままに・・・と思っています。


| 日記 | 02:49 | トラックバック:0コメント:0
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k@z
k@z
某会社勤務の31歳。
最近はエドワード・ノートンに夢中。
ただし実物はエドワード・ノートンに似てもにつかわない。元ユニコーンのEBIに似ているらしい。
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