Essay in Idleness

食するということ | main | バーバー(The Man Who Wasn't There)
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迷い子
エレベータを降りると、子供が一人、泣いていた。
どうやら母親を探しているらしい。
僕の顔を見ると、ことさら大きな声で泣きなじめた。いや泣くというよりも、まるでこの世の終わりがきたかのような断末魔の叫びとでもいうか・・・。
自分の所在を母親に知らせようと、まさにありったけの声で泣き叫んでいた。マンションの敷地という僕にとってはとてもとても小さな世界でも、彼にとってはアマゾンのジャングル奥地に突然投げ込まれたようなものだったのかもしれない。そうなると僕はさしずめ石の鏃のついた槍を持ち、仮面をかぶり、不思議な踊りを踊りながら襲ってくる原始民族か?


迷子といえば一つとても印象に残っている出来事がある。
それは小学校1年生の夏休み。
父親の友達の家族と上野で食事をすることになっていたので、地下鉄の銀座線(そう言えば当時の銀座線は駅につく前に車内の電気が消えてたなぁ)に乗って上野に向かった。僕は一番前の車両に陣取り、運転席の後ろの窓から蛍光灯の細長い光が次々と現れては消えてゆく景色を眺めていた。
ひととき運転手気分を満喫し、上野駅のホームに下りる。
が、周りには誰もいなかった。
今時の子供であれば携帯電話の一つも持っているだろうが、何せ20数年前。持ち物は木場から上野までの切符だけ。
改札とホームを何度も行き来して、何本か電車を見送ったが、後ろから声をかけられ呼び止められることも見知った顔を探し出すこともなかった。
駅員の人に「迷子になりました」と声をかけるのが嫌だった。
迷子という言葉に、なんだか後ろめたさや恥ずかしさを感じていたんだと思う。
「僕は迷子になったんじゃない。」
意を決して改札に向かい、切符を差し出して外にでる。時刻は午後の1時をちょっと過ぎた頃だった。真夏の太陽が容赦なく僕を突き刺す。
上野駅にかぶさるようにかかる歩道橋をわたり、大きめの道路にでたところで上を見上げる。辛うじてわかる地名。日本橋。
そして、ひたすらそこをを目指して道なりに歩きつづける。ひとまずの目的地である日本橋についた頃には、何とも言えない高揚感を感じていた。もはやそれは(コンクリートの)ジャングルをかき分け、約束の地(自宅)を目指す大冒険だった。日本橋を渡り、東急百貨店のある交差点を左に曲がり、茅場町。そして永代橋を渡り門前仲町へ。ここまでくればもう冒険も終盤。見知ったいつもの風景が僕の前には広がっていた。浄心寺という地元のお寺の清めの水でヒリヒリに乾いた喉を潤す。
こうして、僕の冒険は終わった。


P.S.もちろんこの後、小一時間ほどこってりしぼられました・・・。
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| 日記 | 03:41 | トラックバック:0コメント:0
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k@z
k@z
某会社勤務の31歳。
最近はエドワード・ノートンに夢中。
ただし実物はエドワード・ノートンに似てもにつかわない。元ユニコーンのEBIに似ているらしい。
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